2018年11月24日土曜日

【豆知識メモ】座標の表示形式について

山の中の洞窟の位置を誰かに教えるとき、緯度軽度の座標を使います。

ところが、みんなが同じアプリやGPSを使ってる訳ではないので、送られてきた座標がそのまま使えないという場合がたまにあります。
探検を始めた当初はそんなことは知らなかったので、「なんだか桁がおかしい」と思いながら、そのままぶちこんで全く違う場所が地図上に表示されたりしたこともあります。

それで今更ながら、GIS素人でもわかる、よく使われる表示形式解説をメモ。

DMM(度分)形式
例 N32°30.300'

DMS(度分秒)形式
例 N32°00'52.2'' (N32°00'52.23の表記も同じ)
*iPhoneアプリ「FieldAccess」、Androidアプリ「地図ロイド」はこの形式。

Degree(DEG)形式
例 35.657272
*Googleマップはこの形式。「地図ロイド」はこの形式に表示切替可能。

*ガーミンのGPSは、設定で表示形式を変えられます。

別の形式で送られてきた座標は、変換することで利用可能です。
一番簡単な方法は、Googleマップ。DMM、DMSどちらを入れても、DEGを表示してくれます。また、地図上の指定の場所を右クリックして「この場所について」をクリックし、座標をクリックするとDMSとDEGが両方とも表示されます。



自動で変換計算してくれるサイトもあるので紹介だけ。

DMM⇔DMSの変換
http://gpsuser.sakura.ne.jp/dmm2dms.html

DMS⇔DEGの変換
https://arison.jp/arilabo/latlon.html

ほんとは日本測地系と世界測地系の話もしないといけませんが、勉強不足のため持ち越し。

2018年11月16日金曜日

キルギス洞窟(岩陰)探検遠征 8 最終回

キルギス洞窟(岩陰)探検遠征 8 最終回

近野由利子

9/14~16の3日間は、ナリンの町から近いキャンプサイトを起点にして、周辺の山を歩いて洞窟を探した。
3日目。目的地に行く途中で道に迷い、村のおじさんにヒアリング

結果的には、短い穴しかなかったけれど、これは洞窟だよな!と思ったものは測量した。というか、とにかく、ちょっとくらい測量したかったのだ。

なんて言うと、測量がすごい楽しいみたいかな。

誤解の無いようにしておきたいのですが、洞窟測量が一般的な基準でそんなに楽しいってわけではないです。
一度でも経験のある方はおわかりと思いますが、その作業は退屈で辛く、終わりの無いものです。これを "楽しめる" のは、ごく少数の変人かと。

ケイビング自体が変態要素が強いうえ、さらに洞窟測量を "楽しむ" のは、凝縮された変人だよなーと思いつつ、やり始めるとやめられない。

狭くて水の流れる支洞で、寝転がって必死にポイントをとっているとき、ふと、湧き上がる高揚感...。て、そんなの私だけ?もしかして。

でも、もうここで行き止まり=測量おしまい、かと思ったポイントで、まだまだルートが続いていると分かったときは、めちゃ面倒くさい。ここで、モチベーションを再起動する必要がある。
この精神力は実生活でけっこう役立っていると思う。

ただし、私の場合、やたら測量したがるくせに、帰って製図を始めるまでが超絶面倒くさいという始末の悪さ。

まぁ、そんなことはさておき。

9/14 1日目。キャンプサイトから歩いてアプローチできる深い谷の両側の山に登って、洞窟を探した。


山のふもとの一軒のユルタに住んでいる家族が洞窟の場所を知っている、とアレクセイが言うので、
「彼らに洞窟の入り口まで案内してもらおうよ。それが一番早いよ」
と提案したのだけど、なかなかその家族とタイミングが合わず、結局は自分たちで、あてもなく歩くことになった。

私たちは、深い谷の両側の稜線を、二手に分かれて歩いた。

谷は急峻で、2つの隣り合った稜線の間は100~200 mくらいしか離れておらず、木もほとんどなかったので、反対側の稜線を歩いている人や牛を簡単に見つけることができた。

吉田さんと私は、いったん稜線上に登りきると、斜面に座り、持ってきた食料をつまみながら、谷の反対側にいるギルバートやマーティンを双眼鏡で観察した。

観察しても、ギルバートたちが何か面白いことをするわけではない。
「あ、ギルバート、あっちに歩いていった」
「ほらほら、あの白いバックパックがカーチャだよ」
「いや、あれは牛だろ」
とか、言うだけなのだ。

洞窟が見つからないので、よっぽど退屈していたのだろうなぁ。
この観察がけっこう楽しくて、気づいたら1時間以上過ぎていた。

後でギルバートに、「稜線でのんびりピクニックしてたでしょ。見てたよ」と言われた。
そりゃ、私たちから見えるから、向こうからも見えるよね。

岩が全然溶けていなくて、洞窟がなさそうなので、空も心も曇り模様
いつまでも人の観察をしていても仕方ないので、重い腰を上げて、さらに稜線を歩き続けることにした。

昼過ぎになって、突然、雷が鳴り始めたと思ったら、大粒のヒョウがボタボタと降り始めた。
そのとき私は、周りに何もない稜線上を一人で歩いていたので、雷鳴がすごく近く感じられて、ちょっと怖かった。
雷に打たれないように、岩の影に隠れながら進んだ。

しばらくしても雷がやまず、どうしようかと思っていると、少し先を歩いていた吉田さんから無線で連絡があり、危ないから下山しようということになった。
吉田さんはとても用心深いので、きっと下山しようと言うだろうと思っていた。

キャンプに戻ると、ほかのメンバーはすでに下山していて、大きなテントにみんなで集まってティータイムをすごした。

実は、この日は少し寂しい日だった。
セシリオが仕事の関係で早めにスペインへ帰るため、翌日には首都のビシュケクに戻ることになっていた。
みんな名残惜しくて、連絡先を交換し、また会おうと約束した。

セシリオは私と吉田さんに
「日本人に会ったのは初めてだけど、君たちを見ていたら日本に興味がわいてきた。
今度、ミゲルと一緒に遊びに行きたいと思ってるよ。よろしくね。」
と言ってくれた。

私たちの何に興味がわいたのだろうか...。
分からないけど、日本に興味を持つきっかけになれて嬉しい。
しかし、私たちはあまり平均的な日本人ではないと思うので、彼らが実際に日本に来てどう思うのか、少し心配だ。



9/15 2日目。アレクセイの友達の情報で、洞窟があるという谷へ向かう。
できれば案内人を頼んでほしいのだけど...。今日も、よくわからない山をさまようのか...。

それでも、マーティン・カーチャ・ギルバートはやる気満々なので、つられて一緒に歩く。

この日の谷の規模は小さいけれど、やはり急峻だった。谷の幅は広くても50mくらい、深さは、深いところで80mくらいかな。

稜線から、谷の反対側の壁を観察しながら歩いていき、いくつか洞口らしいものがあったので、谷の始まりまで山を歩き、降りやすい場所を見つけて、谷底に降りて行った。

谷の底で3つ、短い洞窟を見つけたので、私はそのうち2つを測量した。
もう一つは、崖の上のほうに登らないといけなかったので、パスした。

ひとつめ、ギルバート洞窟。発見者ギルバート。
7メートルしかないけど、奥のほうに青い結晶のようなものがあって興味深い。




ふたつめ、ミゲル洞窟。発見者ミゲル。
平面では4.8メートルですが、上のほうに向かって、見える限りでは7メートルくらい伸びていた。

まだ登っていけばルートがあったのかもしれないが、洞口が谷の底なので、いくら上に登っても、結局は谷の上に出るだけなので、見える範囲だけ確認しておしまいにした。


洞窟を探しなら歩いていくと、どんどん谷が狭くなって、スタート地点の道路に出てしまった。この日はこれでおしまい。

おつかれー

9/16 3日目。今日の場所は有望!とアレクセイ。
昔は鉱山があった町の近くなので、ちょっと有望かも。

途中で少し迷いつつも、比較的スムーズに目的地に到着し、谷の入り口に住む農場主に話を聞く。

農場主「洞窟?あるよ。谷の入り口から1kmくらい歩いた右側だよ。羊が500頭くらい入れる、でかいやつさ!」

羊500頭はすごいぞ。

右に見える山に洞窟がある

農場主が教えてくれた谷の川沿いを、みんなで歩いて行った。いつもは留守番したがるトゥルンも、最終日だからか、一緒についてきた。

ミゲルと吉田さんは歩くのが早いので、先に洞口の見える場所に到着して待っていた。


洞口は、川沿いから標高で150mくらい登ったところにあり、ミゲル・吉田さん・私・ギルバートは登り始めたけど、あとのみんなはギブアップ。
ここでも標高は2900mくらいだったので、私だけでなくみんな、少し登るだけで息が切れて、辛いみたいだった。
左上の岩山に黒く洞口が見える

山の斜面にはトゲトゲの灌木がたくさん生えている。足元が不安定なので、登る途中で、何度かトゲトゲの枝をつかむことに…。

一時間くらいして、洞口にたどり着いたら、手がボロボロ。
しばらく、スマホの指紋認証ができなかった…。

洞窟はたしかに大きいけど、羊500頭には狭かった。ギュウギュウに詰めても50頭かな?
でも。ここに羊を連れてくるのが至難の技だよ。

床面は大量の鳥の糞でおおわれていた。


羊の穴を見た後、山を降りて、一部屋だけの空間だったことを伝えると、みんなそさくさと帰り始めた。

帰りに別の山に寄って、いくつかドローンで洞口らしき穴をチェックしたけど、いずれも入り口から奥が見える程度の深さだった。

この日が探検の最終日だったので、帰り道にウォッカを買って、夜は乾杯大会。
外国人は乾杯のコメントが上手だよな。
一瞬で思いつくの?それとも、昼間ずっと考えてるのか?


翌朝は一斉に片付け。
みんなで首都のビシュケクにわき目も降らずに帰っていった。
ナリンからビシュケクへの帰り道の景色


アレクセイは、途中にある有名なリゾート地・イシククル湖へみんなを案内したがったが、みんな早く帰りたがった。

「いいから早く帰ってパッキングしたい!」
「早くWiFiに接続したい!」
「早くシャワー浴びたい!」
「早く日本食食べたい!」

ここでみんなの目がキラーンと光った。

カーチャ「え?日本食レストランあるの?」
マーティン「そこ、おいしいの?」
ミゲル「行きたいな」
ギルバート「みんな行くなら行こうかな」

というわけで、一目散にビシュケクのホテルに帰った私たちは、大急ぎでシャワーを浴びて、日本食レストランに全員で押し掛けたのだった。

もちろん行ったのは、初日に発見したFURUSATO。みんな、この店のサービスと味に大満足でした。
FURUSATOで始まり、FURUSATOに終わったキルギス遠征だった。



ヘレエナのこと
ヘレエナは、最後の三日間だけ同行したブルガリア人の生物学者ですが、昼間は私たちと行動しなかった。

なぜなら、彼女の活動時間は夜中。
コウモリの研究者なので、コウモリの時間に合わせていた。

夕方から山に登り始め、コウモリの通りそうな谷に網を仕掛けて待機。
網にかかったコウモリのDNAを採取してリリースする。

DNAはごく小さな針で採取するので、コウモリへのダメージは最小限だ。

極寒の山頂で、夜中ずっと起きてコウモリの番をするので、大変な作業だ。

残念ながら、ナリンでは一頭もコウモリが捕まえられなかったらしい。
コウモリはたくさん飛んでいるのだけど、網にかからなかった。やはり、洞口に仕掛けないと、避けられてしまうのだろう。

去年は、オシと言う町で地元の大学生を連れて洞窟に行き、共同調査を行ったとのこと。

キルギスの学生にコウモリの大切さを知ってもらい、無意味な捕獲や、住処である洞窟などの自然破壊を止めるべきという考えを広めたいと言っていた。
コウモリは農作物の害虫や、蚊などをエサとして食べてくれるので、知らないうちに人の役に立っているのです。

また、キルギスでは、まだまだ女性は家を守るべきという考えが根強いことも指摘し、大学に残って研究を続けたいと言う女子学生が、親の反対を受けて諦めた例を挙げて、キルギスの女性にも希望すれば社会で活躍できる環境になってほしいと力説していた。

キルギスの自然と人に深く関わって、キルギスが大好き!と言いながらも、変わるべき点を指摘して、積極的に活動しているヘレエナはすごいなと思う。


ヘレエナ「オシには洞窟あったよ」
くー、無念。
オシはとてもよく調査されているので、ターゲットから外したのだった。


帰国したときには、もうキルギスには二度と行かないと思ってたけど、洞窟の情報があれば、また行きたい。
コキヤは、圧倒的な自然がすばらしい地方で、行って良かったと思うけど、洞窟が無さすぎる!

キルギスにいる間ずっと、舌がひどい炎症を起こして、痛くて不便だった。そんなの初めてで、何が原因かわからないけど、帰国したらサッと治ったので、洞窟不足のストレスだったのかなと疑っている。

スパシーバ!

2018年10月31日水曜日

キルギス洞窟(岩陰)探検遠征 7

キルギス洞窟(岩陰)探検遠征 7

近野由利子

9/11 終日、コキヤの渓谷を歩きまわって、洞窟を探す。
午前中は尾根沿いを歩き、午後からは谷を降りて、川沿いを歩く。
歩いて行けないような険しい場所は、ドローンも活用した。しかし、前日の下見で目星をつけた場所はことごとくハズレだった。
尾根上の洞口をドローンで偵察
切り立った渓谷だけど、場所を選べば川まで降りられる

川から見上げると、尾根から20mほど下の垂直な壁に洞口?が見つかった。
トゥルンが「さっきあの穴に山羊が入っていったよ」と言うが、山羊が出てくるのは誰も見ていない。

山羊は歩いて行けるけど、人間はとてもフリーでは登れない場所なので、尾根の上からロープを垂らして、壁を降りて、洞口に入ってみることになった。

尾根に上がって、洞口の上まで近づき、下降地点を決定したときはすでに夕方近かったので、とりあえずアンカーを一本打っておいて、明日の朝降りることにした。
セシリオがアンカーを打った

岸壁をロープで降りてみるという計画に、みんなワクワクしている。

しかし、この日、キャンプに帰ると、アレクセイが、明日から参加するブルガリア人がいるので、その人を迎えに行くために、明日の夕方までにナリンの町へ行かなければならないと言い出した。
ナリンの町までは3時間以上かかるので、翌日の昼にはキャンプサイトを撤収したいそうだ。

あまり時間がないので、翌日はとりあえずセシリオと吉田さんの二人が壁を降りて、もし洞窟が大きかったら、いったん撤収してから、ブルガリア人も一緒にまたこの渓谷に戻ってきて、全員で降りる、ということになった。

9/12 全員、朝から急いで尾根に登り、セシリオと吉田さんが壁を降りるのを見守った。期待に反して、予想どおり?、やはり穴は奥までつながっていなかった。

トゥルンが見たと言う山羊もいなかったそうだ。
近くにはもう一つ穴があったけど、それも岩陰レベルだったとのこと。

ミゲルは「まぁ、こんなもんさ。20個の洞口
を見つけても、1つも洞窟が見つからないときもある」と飄々としている。

12:00にはキャンプに戻って撤収し、13:00にはナリンの町に向けて出発していた。
次のキャンプサイトは、ナリンの町から車で20分くらいの場所なので、いったん次のキャンプサイトへ向かう。

ところが、16:00にキャンプサイトへ到着したが、その場所の管理者の人が、中に入らせてくれない。そこは国立公園のような場所らしく、立ち入りの許可はアレクセイが取ってあるのだが、管理者の人が特別な許可証がないとダメと言って、通してくれないのだ。

アレクセイは困った様子で、いったんナリンの町へ行って、役所の責任者に相談すると言う。もう夕方なので、今夜はナリンに宿泊することになった。

予定外のことだけど、みんな5日ぶりにシャワーとWifiにありつけると分かって、はしゃぎ始めた。突然だったので、ゲストハウスが空いていなくて、チェックインまでに2時間かかった。しかし、部屋が決まるとすぐ、私たちはシャワーを浴びたり、ベッドで休んだり、思い思いにくつろぎ始めた。
ゲストハウスで、ひさびさのWiFiにありついた

一方、アレクセイたちは何だかモメ始めて、駐車場で言い合いをしている。後でトゥルンに聞くと、色々と事件が起きていたようだ。

一番大きな事件は、レナが翌日から家に帰ってしまったこと。どうやら体調が良くなかったらしい。

そんなことも知らず、私たちはくつろいで過ごしたあと、夜は隣のBBQレストランでビールとキルギス風BBQを楽しんだ後、快適なベッドで、凍えることもなく、ゆっくり休むことができた。

9/13 快適なゲストハウスの部屋で目を覚まして、外に出ると、ゲストハウスの庭でレナが朝食を用意してくれていた。レナが作ってくれる食事はこれが最後だったのだけど、そんなことは知らずに...。

朝食の後、アレクセイが役所で許可をもらうと言って出て行き、トゥルンも4WD車の修理に行くと言って、運転手と出ていった。

いつまで待てばいいのかわからず、何もできなくて、暇を持て余したけど、12:30ごろにようやくアレクセイたちが戻ってきた。
アレクセイは「責任者が来るのを待っていて、遅くなっちゃったよ」と言っていた。

待ちくたびれたみんなで、ランチを食べて、水や食料を買い足してから、昨日のキャンプサイトを再度訪れた。今度は、管理者の人はすぐに通してくれた。

15:00ごろにやっとテントを立てたら、アレクセイはブルガリア人を連れてくると言って、またいなくなった。トゥルンから、レナがいなくなったことを聞いたので、みんなでテントの中を整理して、夕食を作り始めた。
ナリンの町の近くのキャンプサイト。奥に見える山に洞窟を探しに行く予定。


カーチャがテキパキと食事の用意を進めて、みんなでテーブルを作ったり、食材置き場を整理したりした。

トゥルンは、特製サラダを作ってくれた。暗くなったら、マーティンとギルバートが電球を探してセッティングしてくれた。
いつも全部用意してくれていたアレクセイに感謝!

19:30ごろ、ブルガリア人の女性が突然やってきた。
ヘレエナという名前の生物学者で、キルギスのこうもりの生態調査をしている。
ヘレエナは、ものすごくおしゃべりで陽気な人。去年、初めてキルギスに来て、キルギスの人や自然が大好きになり、アレクセイの活動にも共感して、今年も再訪したそうだ。

彼女は、キルギスが2回目だし、ロシア語がペラペラなので、アレクセイの父親の地質学者セルゲイと車をチャーターして直接キャンプサイトにやってきた。
「アレクセイはどうしたの?」と聞くと、
「知らなーい。この場所探すの大変だったわよ!」とヘレエナ。
アレクセイは何をしていたのか、後からフラリと帰ってきた。

この日、夕方から雨が降り始め、夜中まで降り続けていた。

午前中はナリンでブラブラして、午後はキャンプサイトのセッティングと夕食の準備で、この日は一日すっかり無駄に過ごしてしまった。何もかも予定どおりに進まないし、外は雨だし、ちょっとチームのムードがヤケっぱちみたいな感じになってきた。

やっと完成した夕食をみんなで食べていると、
トゥルンが「明日でドライバーのミーシャは最終日だよ。帰っちゃうんだ。ミーシャのお父さんが交代で来るよ」
と言うではないか。
レナだけでなく、ミーシャまで帰っちゃうの!?
しかも、代わりにお父さんが来るって、どういうこと!?
と、チームが騒然となったところで、
トゥルンがさらに「ミーシャのお父さんは、レナの代わりに食事を作ってくれるんだって。料理ができるのか知らないけどね」
と言うではないか。
キルギスって、なんてテキトーなの!と、みんなで大笑いだ。

そこへ、ミーシャのお父さんと面識のあるヘレエナが、
「大丈夫、彼の料理はプロ級よ」と言ったので、みんな安心した。

いつもはミーシャのお父さんがドライバーなのだけど、今回はミーシャがどうしても参加したいと言って、二人が交代で来ることになっていたらしい。

ここの標高は2100m程度なので、格段に温かい。顔のむくみもすぐに解消された。

洞窟の見つからない日々のせいか、雨のせいか、標高が下がって楽になったせいか、みんなこの夜はちょっとウォッカを飲み過ぎました。

2018年10月24日水曜日

キルギス洞窟(岩陰)探検遠征 6

キルギス洞窟(岩陰)探検遠征 6

近野由利子

9/10 朝から下痢だ。
なんでだろう、変なものは食べていないのに。
とりあえず、下痢のときは薬は飲まずに出してしまったほうがいいのだけど、この日は移動日なので、車の中で緊急事態にならないように整腸剤を飲んでおいた。

8:30から朝食で、9:45には撤収も完了し、次のキャンプサイトへ向けて出発。
30分ほど走ると、道から一軒のユルタが見える場所で車が停まった。アレクセイたちの車がまた遅れているようなので、そのユルタで待たせてもらうことになった。

ユルタには、おばちゃんと2人の小さな子供がいて、トゥルンは友達なのかと思うほどズカズカとユルタに入っていって、おばちゃんと世間話をしていた。おばちゃんは、ニコニコしながら手作りパンと手作りバターと手作りクルシュ(馬乳酒)をドカドカとテーブルに出して「食べな、食べな」と半ば強要めいたおもてなしをしてくれた。

手作りバターは、塩が薄めだけど、さっぱりしてまろやかな口当たり。たぶん街で売っていたら高級品だ。クルシュも、ほどよい酸っぱさで、このおばちゃんのやつが一番美味しかった。だけど、みんなクルシュが苦手で、特にマーティンは「俺は一口も飲まないぞ!」と必死で抵抗している。
後から、アレクセイが追いついてきて、おばちゃんからバターとクルシュを大量に買っていたので、きっと地元でも人気なのだろう。

ユルタの中に初めて入ったけど、赤を基準にしたシンプルな模様のキルトで壁や床を覆っていて、異国情緒満点だった。ユルタの天井には、イゲタ模様のような木枠がはめ込んであって、その形はタンダック(tunduk)と呼ばれるキルギスのシンボルで、国旗のデザインにも使われている、とトゥルンが説明してくれた。

ユルタで大量のパンとバター、クルシュをふるまわれる

天井のタンダックはキルギスのシンボル
キルギスの国旗
おばちゃんにお礼を言って、ふたたび出発してから、1時間ちょっとで次のキャンプサイトに到着した。まだ昼だったので、翌日行く予定の谷へ下見に行った。

そこは、まさに写真で見ていたとおりのコキヤの渓谷で、青い川と白い岩山が大迫力だ。あいかわらず標高は3000mオーバーなので、少し斜面を登るだけでも息が切れる。大迫力だとは思うけど、体力的に厳しすぎて、感動する余裕がない。
こんなにいい写真を撮らなかったので、アレクセイの写真を借用


マーティンとカーチャ、セシリオとミゲルは、尾根から谷底の川まで降りて、川沿いの洞口を探している。
私と吉田さんと、ギルバート、アレクセイ、トゥルンは、尾根沿いを2手に分かれて歩き、洞口を探して歩いた。
このまま歩いて帰れる距離なので、19:00にキャンプサイトに各自で戻る予定だ。

上から見ていると、米粒みたいなマーティンたちが、川沿いを歩いている。そのうち、みんなズボンを脱いで、川を渡っていた。あとで聞いたら、水はめちゃめちゃ冷たかったらしい。恐ろしい。
私と吉田さんは、尾根を歩いて、岩壁を見て回った。私はかなり遠くの山に1つ気になる穴を見つけて、あとでアレクセイに聞いたら、「あれはもう調査済みの洞窟だよ。深さ60mだった。」と言っていた。それ以外は、全然良さそうな穴がない。
出国前にホームセンターで買った双眼鏡が大活躍した

初日に湖で見つけた洞窟がなければ、もうとっくに諦めているところだが、こんなところでもちゃんと洞窟があるのを見てしまったので、チャンスはあるのかもしれないという思いが捨てられない。

他のメンバーも同じ考えなのか、みんなコツコツと洞口候補を見つけてはGPSにポイントを落としている。いや、私はみんなよりちょっとやる気が無かったかも。

ふと気がつくと、ラオスの洞窟のことを考えてしまう。
「ラオスならもう10個くらい洞窟見つかってるだろーなー」

19:00に間に合うように下見を切り上げて、吉田さんのルートファインディングで、草原を突っ切って近道して下山し始めると、15分くらい後にマーティンたちが谷から登り返してきて、私たちの後ろからついてきた。
ギルバートはアレクセイたちと先に下山していた。
草原を突っ切って下山。左端にキャンプサイトが見えている。


キャンプに着くと、夕食まであと45分だった。
少し歩き足りない気がしたので、テントの近くに見えているミニサイズのエアーズロックを一人で見物しにいった。

キャンプサイトの横に流れる浅くて広い川の真ん中に、浸食されずに残された垂直な岩山がそびえていて、気になっていたのだ。

近くまで行くとちょうど夕日がさして、良い景色だった。
地元の人が信仰の対象にしているのではないかと思ったけど、それらしい痕跡は見られなかった。でも、岩山の上に登っている形跡はあった。登ってみたけど、何も無かった。
夕日を受けて影に見える岩山。高さ5~6mくらい。

テントに戻ると、みんな夕食を食べ始めていた。翌日の予定はすぐに決まったので、早めに就寝した。

キャンプサイトは、標高3000mなので、昨夜よりも200mくらい標高が下がって、少し体が楽だ。と、言っても、夜は氷点下なので、レスキューシートは手放せなかった。

下痢がおさまらないのと、寒いので、夜は何度かトイレに起きるのだけど、テントの外に出るのがつらい。

気温の低い夜は、ダイヤモンドダストがキラキラと舞う中、トイレットペーパーを握りしめて、帰りに迷子にならないように振り返りつつ、ここぞという場所で決行する。

夜は誰も見ていないので、平原の真ん中で適当にやって、そのへんの土で隠しておくけど、周辺は馬や牛や人のうんこが散乱しているので、特に気にすることはない。

空気が乾燥しているので、一日ですべてがカラカラに乾いて、臭いもない。トイレットペーパーはゴミなので、持ち帰ってほしいけど、そのままにする人もいた。

その乾燥した気候のため、ゴミやトイレの処理が楽だった。
生ごみも、袋に入れて2~3日置いていても、臭いが出ないので、気にならない。日本だったら、ハエがたかって、悪臭が漂って、えらいことになるだろう。
遊牧民は、乾燥した馬や牛のふんを積み上げて、燃料として使っていたけど、全然汚い感じがしなかった。乾燥ってすごい。

2018年10月22日月曜日

キルギス洞窟(岩陰)探検遠征 5

キルギス洞窟(岩陰)探検遠征 5

近野由利子

9/9 朝起きると顔がむくんでいる。鏡は見ていないけど、感覚でわかる。
だいたい私は遠征のときは、疲れのために朝はむくみ顔なので、朝だけかなと思ったけど、どうやら高山病みたいで、一日中むくみっぱなしだった。

そして、やっぱり、昨日ずぶぬれになった登山靴は、がちがちに凍っている。
靴は一足しか持ってきていない。飛行機の荷物制限が23kgまでだったので、できるだけ荷物は減らしたのだ。着替えも1セットくらいしかない。

吉田さんは、いつも濡れた靴を履くときに、ジップロックを重ねて履いているので、私も真似して、ビニール袋を履こうとしていたら、カーチャがそれを見て、「私、予備の靴があるから、貸すわよ!」と言って、乾いた靴を貸してくれた。サイズもぴったりだ。おかげで日中、靴を乾かすことができた。

カーチャはいつもすごく優しい!しかも、サバサバした優しさで、相手に気を遣わせない。ERの医師だから、きっと色んな経験をして、人間力が高いのだろうと思う。
一方、人間力低めの私は、この後、濡れた靴を履いている吉田さんのところに行って、乾いた靴を自慢したことは言うまでもない。

今日は馬で山越えする予定。
みんなで近くの遊牧民の家に馬を借りにいった。
遊牧民が経営する宿の事務所?なのか、古いバスを家のように使っている。黄色いかわいいバスだ。その前に古いロシア製のバンが停まっていて、とても絵になる。男性陣は、ロシア製の武骨なバンに夢中になって、ぐるぐると見て回ってあーだこーだ言って写真を撮っていた。
ちなみに、街中でも、ロシア製の古い車を見ると、男子たちは色めき立っていた。言われてみると、変わったデザインでおしゃれかも。
古臭ーいバンを熱心に撮影するセシリオ

馬たちはすでに人数分、用意されていた。私は人生で初めての乗馬で、しかもいきなり山に登ることになるが、誰か乗り方を説明してくれるのかなーと思っていたら、何の説明もなく、「じゃあ、乗って」と遊牧民のお父さんから指示が出て、私には小柄な白い馬が割り当てられた。
スタンバイ中の馬たち

何も教えてもらえないので、お父さんの様子を観察して、真似をする。
前に進んでほしいときは、「チョッ、チョッ」と鋭く言いながら、馬の脇腹を両足で蹴る。止まりたいときは手綱を強く引く。曲がるときは、曲がりたいほうの手綱を引く。
コツは、常に強い意志を持って、馬をリードすること。

お父さんは、ずーっと馬の脇腹を蹴ってるのだけど、動物大好きの私は、可哀想でそれができない。
ええ、私は甘ちゃんです。厳しい自然では生き抜けません。
でも、しばらく乗っていると慣れてきて、形になってきた。

一方、吉田さんの馬は暴れん坊で、吉田さんが乗ってすぐ、突然爆走しはじめて、私と同じく乗馬経験の無かった吉田さんは、いきなりの馬の反逆に対してなすすべもなく草原の彼方に消えて行った。
草原に消える前の希望に満ちた吉田さん

で、吉田さんは星になったかと思ったら、しばらくしたら馬を連れてトボトボと帰ってきた。馬が一瞬、減速した隙に、すかさず飛び降りて、馬を止めたらしい。さすが、人間離れしている。
吉田さん「おい、俺が爆走してるの動画撮ったか?!」
私「え、そんな暇なかったよ」
吉田さん「何やってんだ!あれは撮らないと!」
私も必死だったんで、雄姿?を撮影できず、ごめんなさい。

全員揃ったところで、お父さんの道案内で、山越えの旅が始まった。
目的の洞口のある場所までは、2時間くらいかかった。遊牧民のお父さんが誘導してくれるけど、みんな慣れていないし、けっこう急な斜面もあり、長い道のりだったけど、ダイナミックな景色の中での乗馬はけっこう楽しかった!

吉田さんは、最初の馬が暴れ馬だったので、別の馬を用意してもらったのだけど、こっちの馬もちょっとクセのあるやつで、いきなり吉田さんを乗せたまま、しゃがみこむのだ。そのたびに吉田さんは落ちそうになって、焦っていた。周りのみんなは、「なんだ、カツジかー」って感じで全然心配もしていなかったけど。

目的の山に到着した。
到着した山の斜面から、谷を越えた向かいの山の岩壁にいくつか洞口のような岩陰が見える。
当初の目的は、来るときに道路からでも見えた大きな洞口のチェックだけだったが、それ以外にも穴が見えるので、マーティンのドローンを使って、中がつながっているか偵察した。
ドローンを飛ばしてみると、自分たちの立っている斜面の足元にも、岩陰があることが分かったが、いずれの穴も奥には続いていないことが確認できた。

ドローンのバッテリーにも限りがあるし、あまり期待したほどの結果ではなかったので、みんなしょんぼりしつつ、レナが持たせてくれたお弁当のハンバーガーを食べた。そのうち、14時ごろになって、カーチャが「もう帰ったほうがいいんじゃない?誰かさんの馬がまた暴れるかもしれないから、時間がかかるかも~」と、いたずらっぽく吉田さんを見た。
穴もないし、早々に退散だ。

帰りは、ずっと下りだし、馬も早く帰りたいようで、ルートを誘導しなくても自動運転でどんどん進んでくれて、1時間くらいで戻ることができた。
人数分の馬と、荷物運びの馬、遊牧民のお父さん2人のガイドを全部含めて、一人20ドルずつ支払った。


テントに戻ると、レナがメロンとお茶を用意してくれていた。
キルギスでは、よくメロンとスイカを食べたけど、どちらもとってもジューシーでおいしくて、みんなのお気に入りだった。

夕食後は、マーティンが今日撮影した、3D写真を見せてもらった。彼の最新技術にみんな興味津々で、マーティンを囲んで盛り上がったけど、どれも洞窟じゃなくて岩陰の写真だから、ちょっと寂しい。
「マーティン、岩陰写真集作れるね...」と吉田さんと日本語でつぶやいた。

夜のミーティングの結果、翌日からは東へ50kmほど移動した渓谷で洞窟を探すことになった。目的地に近い、次のキャンプサイトへ移動するために、朝から撤収するのだが、次の場所は、今のキャンプサイトよりは少し標高が下がるようなので、顔のむくみがマシになるかも。

思い起こすと、この最初のキャンプサイトが一番良かった。
標高が高いので、夜は寒いし、顔がむくむけど、天山山脈を借景に、きれいな川が流れていて、風もなかった。近くに住んでいる遊牧民の子供もかわいかったし、どこからかやってきた人懐こい子犬がキャンプサイトにいつもいて、平和な家みたいだった。

キルギスの犬や猫は、みんなのんびりしていた気がする。
東南アジアのほうでは、犬や猫は手荒く扱われるので、みんないつもどこかビクビクしているのだけど、キルギスでは、動物たちは悠々としていた。

2018年10月20日土曜日

キルギス洞窟(岩陰)探検遠征 4

キルギス洞窟(岩陰)探検遠征 4

近野由利子

9/8 今日はいよいよ洞窟さがし。
朝8:00に朝食後、準備をして、昨日と同じルートでキョルス湖へ。
洞窟のある対岸までは3kmくらいあるとのこと。車は、マーティンたちも使うので、いったんキャンプに戻り、18:00に迎えに来る予定だ。

私たちは、スペインチームと日本チームに分かれてボートに乗り込み、ときどき上陸して洞口らしきものを確認しながら進んだ。私のパックラフトは小さくて、浸水防止のデッキつきだったので、荷物を載せると私と吉田さんの2人が乗るのは大変だったので、岸辺があるところは私は歩いて行った。スペインチームの二人は、アレクセイの大型のボートで快適そうだ。
一人で満員状態のパックラフト

湖なので、流れがなく、風も吹いていないので、のんびりと漕ぎ進んだ。11:00すぎに出発して、3km地点まで到達したのは13:00、水がなくなる場所にたどり着いたときには14:00になっていた。湖の東側に、今までで一番広い谷があって、砂利や岩がたくさん流れてくる上のほうに、かなり大きな穴が見えた。
それまでに、いくつか洞口っぽいところを見たけど、どれも岩陰とかクラックで、がっかりし続けて、元からこのエリアに感じていた不信感と相まって、かなりやる気が落ちていたので、その穴を見ても私と吉田さんは「どーせ、すぐに終わってるでしょ」と言って、だらけていたのだが、セシリオとミゲルは不屈の探求心でガシガシと岩山を登って、穴に入って行った。吉田さんはすっかり拗ねて、下のほうで寝転がっていたけど、私はどうせやることもないので、セシリオとミゲルの後を追って、岩山に登って行った。
足場が良くないし、空気が薄いので、少し登るとすぐに息が切れて、穴にたどり着くまでに30分くらいかかってしまったが、たどり着くと、それは立派な洞窟だった。
セシリオはさっそく測量を始めている。
下にいる吉田さんに無線で「ちゃんとした洞窟だよー」と連絡して、中に見に行くと、ちゃんと洞窟サンゴができていた。気温が低くて、水流が凍り、氷瀑もできている。セシリオの測量によると、総延長255mの斜洞であることがわかった。
後から吉田さんも登ってきて、氷瀑で写真を撮っていた。
初のちゃんとした洞窟!
こんなところに洞窟ができるわけないと思っていたけど、ちゃんとできているのを見て、目からウロコが落ちた。この洞窟を見つけたおかげで、この後のモチベーションを保つことができた。
そして、さすがスペインチーム、ラテン系だから適当だろうと思っていたけど、真面目にコツコツ探す姿勢に感心した。遠征中は、この二人の変わらない情熱に驚きっぱなしだった。


ひとしきり洞窟を探検して、下山したのは16:00。アレクセイのお迎えの時間は18:00なので、もう引き返さなければ。

洞窟の対岸のほうに見える穴が気になったので、そこに寄り道してから再び漕ぎ出すと、なんと!北風がビュービュー吹き始めている!
私たちの進行方向は北なので、つまり向かい風だ。私たちは小さなパックラフトに2人乗りで、パドルが1つしかないので、吉田さんが一人で漕いでくれて、私は風の抵抗にならないようにできるだけ小さくなって必死だった。気温が下がってきて、水しぶきがかかるとめちゃめちゃ寒い。
行くときののんびりムードはどこへやら、辛すぎて笑えるほど。セシリオとミゲルもニヤニヤしながら、ひたすら漕いでいる。「スペインに負けるなー!ひー、寒いー!」とか言いながら、気が付くとスタート地点の岸辺が見えてきたけど、これがなかなかたどりつかない。

吉田さんのスーパーパワーでスペインチームをぶっちぎって、ちょうど約束の18:00にスタート地点に到着したときには、全身濡れて、ガタガタ震えていた。少し遅れてアレクセイの車が来たので、みんなそさくさとキャンプへ帰っていった。
キャンプでレナが温かい夕食を用意してくれていて、本当にありがたかった。

マーティンたちは、目的の穴へ近づく道が見つからなかったらしい。車を使えないので山を登るしかないが、山道がかなり長くて歩いて行くのは大変だけど、馬に乗ればいいとトゥルンの薦めで、次の日は馬に乗って山越えをすることになった。
キャンプサイトの隣で宿をやっている遊牧民にトゥルンが話をして、1日11ドルで馬を貸してくれることになった。

その日の夜は、前日よりも冷え込んだ。
昼間、服も靴も濡れたけど、これだと全部凍るだけで乾かないだろう。
気温を測ってみたら、深夜に-7℃まで下がっていて、レスキューシート1枚だけでは足りなくて、少し厚手の高級なレスキューシートも導入して、シート2枚重ねでしのいだ。


キョルス湖だが、Google Earthで見ると、長さ11kmくらいなのだけど、私たちが行ったときは水が干上がっていたので、半分以下のサイズになっていて、下の黄色い線くらいの大きさだった。



2018年10月18日木曜日

キルギス洞窟(岩陰)探検遠征 3

キルギス洞窟(岩陰)探検遠征 3

近野由利子

今回の遠征のルートは以下のとおり。
C地点の付近がコキヤ(Kok-kiy)エリア。ここから、さらに中国国境近くまで南下したところにキョルス(Kel-suu)湖という小さな湖があって、その湖の南端に洞窟があるという情報あり。まずはそこを確認するためのキャンプを設営、その後キャンプを移動して、さらに50kmほど東側の渓谷付近を調査。
最後に、少し北へ戻り、ナリン(Naryn)という小さな町の近くにある山(B地点)を調査する。



しかし、昨日アレクセイがミーティングのときに、ターゲットエリアの写真を見せてくれたのだけど、どの写真を見ても、洞窟が無さそうだった。
すでに確認済みという洞窟の写真も、規模が小さくて、たまたまちょっと空いてますって感じだった...。
他のメンバーは、ケイビングの経験の少ないメンツばかり...。
この負け試合感たっぷりなスタートから、どんな遠征になるのか、ワクワクヒヤヒヤしつつのキルギス2日目を迎えた。

6/9 10:00ごろに来るという話だったスペイン人2人組は、ちょっと早めの9:30にはホテルに到着した。
一目見て、経験豊富なケイバーといった雰囲気の、40~50代くらいの男性二人組、セシリオとミゲルだった。セシリオは愛嬌を含んだまなざしの巻き毛のナイスガイで、ミゲルは不器用そうな大柄の無口なタフガイタイプ。二人とも英語はあまり得意でないけど、体力も経験もあるので、チームのみんなに頼られた。

さすが、参加者はみんなフットワークが軽くて、荷物を次々と車に積み込んで、11:00になる前に全員がミニバスと4WDのミニバンに乗り込んで、出発した。
今日中にコキヤまで行くのは無理なので、途中のナリンで一泊する予定だ。
道中、スーパーで買い物したり、サービスエリアみたいなところでランチを食べたり、そのあとは1時間おきにトイレ休憩でストップした。どうやら、車を定期的に休ませたいみたいだった。
スーパーの向こうに見える天山山脈の大迫力

スーパーやサービスエリア的なレストランでは、トイレが有料だった。5ソム硬貨を、入り口のカウンターにいるおばちゃんに渡すと、カウンターの小窓に棒に刺したトイレットペーパーがあって、女性にはそれを少しちぎって渡してくれる。
ちなみに、キルギスのトイレットペーパーはダブルで厚手で、比較的いい紙だった。経済力が低い国はトイレットペーパーが薄くて粗いのだけど。キルギスは裕福な国ではないから、紙を薄くするセコさが身に付いてないのではないかな。大国ロシアに守られてきた箱入り娘なのかも。
なお、最近、日本のトイレットペーパーの質が下がってきているので、日本経済を憂いているところ。
サービスエリア的なレストランのビュッフェはボリューム大!


15:00にはキルギスの有名なリゾート地イシククル(Ysyk-Köl)湖に到着した。ここで、チームのごはんを作ってくれる、コックのレナをピックアップした。

イシククル湖の横をかすめただけなので、透明で美しいという湖畔を見ることはできなくて、石の山と枯草ばかりの景色の中、車を走らせた。日本人には見慣れない景色だけど、カリフォルニア在住のギルバートは、「うちの近所とほとんど植生とか地形が同じだよ」と言っていた。

ナリンに近づくと、田舎というか、僻地っぽくなってくる。
道沿いに出店が並んでいるところで休憩した。
ここで、トゥルンは「これクルシュだよ。飲んでごらん。」と出店のおばちゃんから白い飲み物が満タンに入ったコップを受け取った
こ、これは!おなじみの発酵食品だ!
だいたい探検に行くと、その国の発酵した「何か」を食べることになるのだが、キルギスの場合は、馬の乳を発酵させてみましたー、ということで馬乳酒でした。

飲んでみたら、ちょっと酸っぱいけど、特に嫌な感じはしない。この後も何度かクルシュを飲んだけど、この店のクルシュは味がいまいちだった。
ただし、味よりも、手作りで、表面にいろいろ浮かんでるクルシュをガブ飲みするのはちょっと無謀だ。みんなで一口ずつ味見して、トゥルンに返すと、トゥルンも出店のおばちゃんにコップを返して、おばちゃんはそのまま残りをジャバッとタンクに戻した。
うーん。いいけど。初日にお腹は壊したくないのだ。

道路わきでクルシュを売る出店

18:00にはナリンに到着して、アレクセイの友達が経営するというゲストハウスに宿泊した。

到着すると、さっそくレナが夕食を作ってくれると言って、ゲストハウスのキッチンで料理を始めた。とりあえず、手伝えることが無さそうだったので、ふらっと街に出ることにした。
マーティンとカーチャ、ギルバートも、散歩に出かけていた。

ナリンは、キルギスの南のほうで乗馬や登山をする外国人が宿場に使っているようで、英語の表示があるホテルやゲストハウスがちらほら見られるけど、基本的には田舎町だった。
スーパーや店の看板が地味で、入り口も閉まっていて、外から見るとあんまり店っぽくない。18:00にはほとんどの店が閉まるので、この日は小さな売店くらいしか営業していなかった。
ナリンの町。左の建物はスーパーマーケット。地味~。

80ソムのビールを買ってゲストハウスに戻り、しばらくすると夕食ができた。レナは慣れないキッチンでいきなり12人分の食事を作ったので、勘が狂ったらしく、スープの量が極小だったけど、味は良かった。レナの料理はいつもやさしい味で、この日以降はいつもボリューム満点だった。
ゲストハウスの食堂


夕食を食べ始めたのが21:00ごろで、みんな疲れていて、食後はそれぞれ散り散りに部屋に帰って就寝した。標高2000mの町なので、夜はけっこう冷え込んだ。

このゲストハウスは、シャワーが母屋に1つしかないので、翌朝は早起きしてシャワーを浴びに行った。私が入ろうとしたら、ちょうどセシリオと鉢合わせした。セシリオは昨日の朝にスペインからキルギスについたばかりで、長旅で疲れているだろうと思ったけど、シャワーの権利は譲れない!と思って笑顔でシャワールームを奪い取った。
もちろん、できるだけ早めに浴びて、あとはセシリオに譲ったけど、若き日の私なら、もじもじしてシャワーは諦めただろう。この図太さはオバチャン効果か、探検家のサバイバル力か?

この日は9:20には朝食も済ませて出発したが、途中、アレクセイが乗る4WDとはぐれて、私たちのミニバスは、滝のある谷の入り口で1時間ほど待機した。
ここには洞窟から水流が流れ出す滝があって、みんなワクワクして見に行ったのだけど、洞窟は小さくて入れなかった。
洞窟から滝が流れ出すワクワクポイント

ここで気づいたのだが、セシリオが着ているTシャツにはLA VENTAのロゴが入っている!LA VENTAはイタリア人が中心の探検チームで、北極やナイカ洞窟やギアナ高地など、世界中でかっこいい洞窟探検をして、さらに写真や映像まで作っているのだ!あこがれのLA VENTAのメンバーに会えるとは!と、いきなり一人で大興奮!
聞いてみると、セシリオはLA VENTAのメンバーではないけど、LA VENTAが行ったメキシコのチャパスの探検に参加したらしい!やばい、かっこいい。
もう洞窟が見つからなくても満足かも。

その後、さらに南へ車を走らせると、中国との国境に近づくので、軍のチェックポイントを2か所通過しないといけない。事前の許可書が必要で、アレクセイが全員の許可書を用意してくれていた。
1つ目のチェックポイントで、書類のチェックをして、2つ目のメインチェックポイントでパスポートと各自の顔を見比べて確認すると言う念の入りよう。車から降りなくてもいいけど、兵士は真面目に書類を確認する。
敵国?アメリカ国民のギルバートは、ちょっとみんなよりも長めに書類を確認されていた。実は、許可書の発行も、みんなよりも時間がかかったらしい。冷戦時からの確執は根深い。

チェックポイントを無事に抜けると、いよいよコキヤだ。標高は3000m。
第一のキャンプサイトには15:30に到着した。
川岸のだだっ広い平地に、ユルタという移動式住居の宿を経営している遊牧民の家族がいて、その隣にキャンプを作った。この家族の子供は、小学生くらいだけど、平然と大きな馬を乗りこなす。彼らが馬を走らせる姿は、間近に見るとなんとも美しくて、見とれてしまう。
大きな馬を乗りこなす少年。走る姿は美しすぎて写真撮れなかった。

全員のテントと、食堂の大きなテントを設営しても、まだ17:00で、日没の遅いキルギスではまだ時間がある。
私と吉田さん、セシリオとミゲルは、アレクセイと一緒にキョルス湖へ下見に行くことにした。キョルス湖はキャンプサイトから6kmほど南にある。
4WDで川をいくつも渡って行くが、あまりの悪路で湖の手前で車はストップしてしまい、あとは徒歩で向かった。
川を越えるのに一苦労
渓谷の川の始まりのところに、大量の落盤がたまっていて、それが自然のダムとなってキョルス湖ができたのだ。落盤が散らばる丘を抜けると、突然、湖が現れる。
落盤が散らばる丘
アレクセイは事前のメールで、夏は湖の水が枯れて、歩いて対岸まで行けると言い張ったけど、案の定、キョルス湖はきれいな青い水をたたえていた。
歩いて行ける範囲でも、いくつか洞窟っぽい穴があったけど、どれも立派な岩陰だった。

突然現れるキョルス湖。左側に黒く見えるのは大きな岩陰。
キャンプに帰ると、レナが夕食を用意してくれていた。
食事の後、翌日の計画について話し合った。
私と吉田さん、セシリオとミゲルはキョルス湖を越えて対岸の洞窟を確認に行くことになった。アレクセイの持っている2人乗りのゴムボートと私が持って行ったパックラフト(1.5人乗り?)を使って、湖を渡るのだ。
マーティンとカーチャ、ギルバートは、道路から山の中腹に見えた大きな穴へ行くルートを探しに行く。マーティンは、3DやVR、ドローンなど最新技術を駆使した映像を作る写真家で、ナショナルジオグラフィックの仕事もしたことがある有名人。ドローンで3D写真を撮影して、山の上にある穴が奥に続いているか、確認できるのだ。彼の技術とハイテク装備の数々は、遠征中に大活躍した。
翌日の計画を話し合う
さて、明日に備えて寝ることになった。
まだ夏の終わりのキルギス。昼間は15~20℃くらいの気温で快適なのだけど、日が落ちると急激に気温が下がり、標高3000mのコキヤは夜には氷点下10度になる日もある。キャンプサイトは標高3300mだった。初日の夜、氷点下でのテント泊の洗礼を受けた。何も考えずに持ってきた寝袋ファイントラックのポリゴンネストは、夏秋用で、使用できるのは7℃までだった...。

ダウンジャケットとフリースを着て寝袋に入ったけど....寒い!
死ぬかもしれない…。
あわてて、非常用に持っているレスキューシートで寝袋を包むようにしたら、温かく寝ることができた。レスキューシートは、ケイビングのときも待機中に暖をとるため使うので、バッグの中とヘルメットの中に常備している。
私は登山はあまり行かないので、こんなに標高の高い場所でキャンプしたことがなかった。翌日からは、徐々にごく軽い高山病の症状が出たり、標高が体に与える影響を実感できて、いろいろと良い経験になった。